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なぜ『メイドインアビス 烈日の黄金郷』はあんなに美しいのか?視覚的欺瞞が際立たせる凄惨な喪失感

8月10日
読了時間: 3分

どうも!オサムマンガです!

黄金郷の、あのまぶしい光を覚えていますか?太陽の光が降り注いで、草木がキラキラと輝く景色。一見すると、まるで天国に迷い込んだかのような、息を呑むほどきれいな場所ですよね。でも、その鮮やかな色のすぐ隣で、大切な体が作り変わってしまったり、形を失ったりしていく。あの光景を見たとき、なんだか嫌な汗が止まらなくなった人も多いはずです。

目に見えるものにだまされる、色の使い方

黄金郷のシーンでの、あの鮮やかな色の使い方は、めちゃくちゃ計算されていると思うんですよ。空の色も、植物の緑も、すべてが高彩度で、目がくらむほど明るいですよね。まるで、このまま見ていても大丈夫だと、私たちの警戒心を解いてしまうような、そんな色使いなんです。

これ、実は「美しさへの入り口」として、見る人を罠にかける役割をしていると思うんです。普通の怖い話って、暗い場所から何かが現れることが多いですよね。でも、この作品ではあえて明るく、眩しいほどに描いています。光が強ければ強いほど、私たちはその景色の中に深く入り込んでしまい、次に起こる恐ert(恐怖)に対して、無防備になってしまうんです。

明るい景色が、見ている人の心を、じわじわと罠に誘い込んでいるんですね。

きれいな色と、痛々しい体の変化

物語の中盤で描かれる、あの体が作り変わってしまうシーン。あそこ、気づいた人いますか?周りの景色は、宝石みたいにキラキラしているのに、起きていることは、あまりにも残酷で、痛々しいんです。綺麗な色と、肉体が壊れていく様子が、同じ画面の中に並んでいる。この「ギャップ」が、見ていて本当に苦しくなります。

視覚的な「気持ちよさ」と、物語が突きつけてくる「痛み」。この二つがバラバラな方向を向いているからこそ、私たちは、逃げ場のない恐怖を感じてしまうんです。まるで、美しい絵画を見ているはずなのに、そのキャンバスに、生々しい傷跡が描かれているような、そんな感覚です。光が強ければ強いほど、そこにある痛みのコントラストが、極限まで引き上げられているんですよね。

目が喜んでいるときほど、心には深い痛みが残る。この仕組みが、見ている人を強く揺さぶります。

輝きがあるからこそ、際立つ悲しみ

物語の山場で、大切なものが失われていくあの場面。あそこは、決して暗い場所ではありませんでしたよね。眩しい光が、すべてを、隠すことなく照らし出していました。だからこそ、失われたものの大きさが、逃げようのない現実として、私たちの目に焼き付いてしまうんです。

もし、もっと暗い場所で悲しいことが起きていたら、私たちは「見えなかったから」と、どこか救われる部分があったかもしれません。でも、あの輝くような景色の中で、すべてが明るい光に照らされて、失われていく様は、あまりにも残酷です。風景の明るさが、逆に「もう戻れない」という悲しみを、より鮮明に、より強く、浮かび上がらせてしまうんです。

本当の悲しみは、暗闇の中ではなく、眩しすぎる光の中で、一番鋭く突き刺さってきます。

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