【進撃の巨人】なぜ巨人は人を食うのか? 「カニバリズム」と「継承」の儀式に見る、人類史の暗部と『進撃』のリンク。
- Ka T
- 4 日前
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どうも、オサムです。
今日は『進撃の巨人』における最大の謎であり、最も生理的嫌悪感を催す設定――**「捕食」**について、歴史的・呪術的な視点から深掘りしてみようと思います。
なぜ、巨人は人間を食べるのか? 彼らには消化器官がないから、栄養摂取のためではありません。ただ殺して、腹がいっぱいになれば吐き戻す。 この「無意味な殺戮」こそが、連載当初の僕らに植え付けられた最大の恐怖でした。
しかし、物語が進むにつれて判明した真実は、もっと悲しく、もっと呪術的なものでした。
1. 「人間に戻りたい」という無垢な悪夢
無垢の巨人が人を食う理由。それは**「知性巨人の継承者を食えば、人間に戻れるから」**という、あまりにも切実な本能でした。 彼らは終わりのない悪夢の中を彷徨いながら、無意識のうちに「救済」を求めて人間を口に運び続けている。
これ、古代の**「呪い」**の概念にすごく近いんです。 以前読んだ『ナボニドスと月神の呪い』という資料に、バビロニアの王が神の呪いによって「獣のように」野を這い回り、草を食む姿に変えられた記述がありました。 人間としての理性を剥奪され、獣として彷徨うことへの恐怖。これは古代から人類が抱いてきた根源的な恐怖です。巨人の正体は、まさにこの「呪われた同胞」でした。
2. カニバリズムと「力の継承」
そして、もう一つの側面が「九つの巨人」の継承です。 脊髄液を摂取する、つまり**「先代を食べる」**ことで力を引き継ぐ儀式。
現代の僕らからすれば「カニバリズム(食人)」はタブー中のタブーですが、文化人類学や神話の視点で見ると、これは**「愛」や「敬意」、そして「永遠性」の象徴**でもあります。
オモファギア(生肉食): 古代ギリシャのディオニュソス信仰などでは、神の化身である獣を生で食すことで、その生命力や神性を自らの体内に取り込む儀式がありました。
葬送的食人: かつて一部の部族では、亡くなった肉親を食べることで、その魂を自分の体の中で生き続けさせようとしました。
エレンたちが背負った継承のシステムは、この**「力を体内に入れる=食べる」**という、人類史における最もプリミティブ(原始的)な魔術的思考に基づいています。
3. マリア・ローゼ・シーナの悲劇
物語の核心、始祖ユミルが死んだ際、初代フリッツ王が娘たち(マリア、ローゼ、シーナ)に言いつけた命令。 「ユミルを食え」。 これがすべての悲劇の始まりでした。
ここにあるのは、単なる残酷さだけではありません。 「巨人の力を絶やすな」という王の執着と、支配を永続させたいという人間の業(ごう)。 歴史を振り返れば、中国や中東の古い伝承でも、特別な力を持つ者の肉や血が「薬」や「不老不死の源」として扱われた記述は珍しくありません(『幻想地名事典』などの伝承にも通じる闇です)。
まとめ:残酷さの裏にある「つながり」
『進撃の巨人』が描く捕食は、単なるグロテスクな演出ではなく、**「誰かの犠牲の上にしか、次の命や力は成り立たない」**という、生物界の絶対的なルールを呪術的にデフォルメしたものだと言えます。
「食う」ことは「継ぐ」こと。 その業を背負って進み続けたエレンの姿は、やはり我々人間に、逃れられない「血の歴史」を突きつけているのかもしれません。
オサムでした。
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