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【オサムの深読み】鬼舞辻無惨はなぜ平安時代に生まれた? 陰陽師と「鬼」の歴史的関係

  • 2025年11月14日
  • 読了時間: 4分

こんにちは!漫画ブロガーのオサムです。

『鬼滅の刃』の全ての元凶にして、最強の宿敵・鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)

作中で、彼が「鬼」の始祖として誕生したのは、今から千年以上前の**「平安時代」**だと明かされています。

ここで、ふと疑問が湧きませんか?

なぜ、戦国時代でもなく、江戸時代でもなく、あの「平安時代」だったのでしょうか。

一見、貴族たちが雅(みやび)な文化を花開かせた華やかな時代に見えますが…。

僕は、本棚にあった『魔法事典』や『東洋神名辞典』を読んでいて、確信しました。

平安時代こそ、「鬼」が生まれるべくして生まれた、日本史上最も「闇」が濃い時代だったんです。

今日は、その歴史的関係について、オサムの深読み考察を語らせてください!

華やかな都の「裏側」にあったもの

平安京といえば、きらびやかな貴族文化をイメージしますよね。

しかし、当時の人々が何よりも恐れていたものがあります。

それは、**「怨霊(おんりょう)」「物の怪(もののけ)」**です。

『魔法事典』の目次にもその名がある「菅原道真(すがわらのみちざね)」公は、その最たる例です。

政争に敗れて非業の死を遂げた道真公の「恨み」が、都に雷や疫病をもたらしたと、当時の人々は本気で信じ、恐れました。その祟りを鎮めるために、彼を「神」として祀ったのが、『日本の神社200選』にも載っている「北野天満宮」です。

つまり平安時代とは、個人の「怨念」や「呪い」が、天変地異すら引き起こす「リアルな脅威」として認識されていた時代だったのです。

「鬼」が「現実」だった時代

現代の私たちが「鬼」と聞くと、おとぎ話の存在だと思いますよね。

しかし、当時の人々にとって「鬼」は、怨霊と同じく、すぐそこにある恐怖の対象でした。

以前の記事でも書きましたが、『東洋神名辞典』によれば、「鬼(オニ)」の語源は「隠(オン)」、つまり**「姿が見えない得体の知れない恐怖」**そのもの。

都市であった平安京も、夜になれば完全な闇。

その闇の中で、疫病や災害、盗賊の類は、すべて「鬼」の仕業とされました。

「大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)」のような、有名な鬼の伝説が生まれたのも、この平安時代です。

「鬼」は、おとぎ話ではなく、**闇夜に潜む「現実の災厄」**だったのです。

「呪術」こそが最強のテクノロジーだった

そんな「怨霊」や「鬼」という「闇」に、当時の人々がどう対抗したのか。

そこで登場するのが、**「陰陽師(おんみょうじ)」**です。

『魔法事典』にも、陰陽師の代表格である「安倍晴明(あべのせいめい)」の記述があります。

彼らは、天文学や占術、そして「呪術」を駆使し、都に迫る災厄を予知し、祓う(はらう)国家的な専門家でした。

彼らが「式神(しきがみ)」と呼ばれる、目に見えない存在を使役して呪いを祓ったように、この時代は**「呪術」こそが、怨霊や鬼に対抗できる唯一にして最強の「防衛技術(テクノロジー)」**だったのです。

考察:なぜ無惨は平安時代に生まれたか

ここまで整理すると、答えは見えてきます。

鬼舞辻無惨は、病弱な「人間」でした。

彼が「鬼」となったのは、ある医師の「失敗した治療」がきっかけでしたが、彼の本質は**「死への異常な恐怖」「生への異常な執着」**です。

僕は、この無惨の強すぎる「執着」こそが、平安時代という土壌で「呪い」として作用したのではないかと考えます。

• 人々の「怨念」が「怨霊」となり、都を揺るがす時代。

• 「鬼」という災厄が、闇の中に「リアル」に存在すると信じられた時代。

• 「呪術」が、その災厄に対抗する「現実の力」であった時代。

これほどまでに、「生」への執着という名の「呪い」が、「鬼」という「形」を成すのに最適な時代はなかったのではないでしょうか。

無惨という個人の「呪い」が、平安京という「闇」と「恐怖」の土壌と共鳴し、日本で最初の、そして最強の「鬼」として顕現した…。

病弱な人間が「鬼」になるという物語の原点として、平安時代以上に説得力のある舞台は無かったと、僕は思うのです。

『鬼滅の刃』の物語の深さは、こうした日本の歴史の「闇」の部分を、見事に設定として組み込んでいる点にありますよね。

いやあ、深読みが止まりません!

オサムでした。

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