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葬送のフリーレン|アビスと比べる、時の経過と深まる淵:命の儚さが重なる理由

  • 13 分前
  • 読了時間: 3分

こんにちは、ミサキです。

ふとした瞬間に、大切な人の言葉が頭をよぎることはありませんか。

例えば、スーパーで見かけたお気に入りの菓子や、街角で流れてきた懐かしい曲。

「あ、これ好きだったな」って、つい独り言が出そうになる。

でも、そのすぐ後に、もうその人はいないんだっていう現実が、静かに降りてくる。

あの、胸の奥がギュッとなる感覚。

実は、アニメ『葬送のフリーレン』の冒頭に、まさにそれがありました。

遠ざかる記憶と、積み重なる時間

第1話のヒンメルの葬儀のシーン、忘れません。

長命種のエルフであるフリーレンにとって、人間の寿命はとても短いもの。

だから、彼は「たった10年の旅の仲間」に過ぎなかったはずなんです。

でも、彼が亡くなったあと、彼女は涙を流します。

「人間の寿命は短いってわかっていたのに……なんでもっと知ろうと思わなかったんだろう」

このセリフを聞いたとき、私も息を止めて見ていました。

私たちの日常にも、似たような時間がありますよね。

恩師や親族を亡くしたあと、ふとした習慣の中にその人の面影を見つける瞬間。

「あ、今の自分の口癖、あの人と同じだ」って気づいて、ハッとする。

時間は横へ、横へと流れていくけれど、そこには確かに、消えない足跡が積み重なっている。

亡くなったあとにしか見えてこない、その人の本当の優しさのようなものがある気がします。

深まる淵と、辿る道のり

『メイドインアビス』という作品では、奈落の底へと向かう垂直な深さが描かれます。

未知の恐怖や、抗えない運命に飲み込まれていくような感覚。

それに対して、『葬送のフリーレン』が描くのは、もっと別の「深さ」だと思うんです。

それは、過去を辿りながら自分の中で深まっていく、感情の深淵。

ヒンメルの銅像を見上げるフリーレンの姿は、まるで止まった時間の中に潜っていくようです。

形あるものはいつか失われてしまうけれど、その思い出がどれほど深く、自分を形作っているか。

誰かを亡くしたとき、私たちは時として、深い穴に落ちたような気持ちになります。

でも、その暗い淵の底で、かつてのやり取りを一つずつ手繰り寄せていくこともある。

「あの時、ああ言えばよかった」という後悔さえも、自分なりの答えを探すための大切なプロセスなのかもしれません。

立ち止まった場所から、また歩き出す

フリーレンは、ヒンメルの死をきっかけに、旅の目的を変えます。

ただ魔法を集めるだけではなく、「人間を知るため」という新しい願いを持ったんです。

それは、失われたものを「再定義」するような、静かな変化でした。

私たちは、大切な存在がいなくなったとき、一度は立ち止まってしまいます。

形見を手に取ったり、思い出の場所を訪ねたりして、動けなくなることもあるでしょう。

でも、その止まっていた感情が、ふとした瞬間に動き出すことがあります。

「あの時、ちゃんと言っておけばよかった」

そんな後悔を抱えたままでも、私たちはまた一歩、踏み出せる。

フリーレンがヒンメルの足跡を辿るように、私たちも、残された記憶を抱えながら、自分なりの明日を探していけるのだと、作品は教えてくれている気がします。

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