【小説】エルザ 「腐蝕の聖女と死にたがりの騎士」3/8
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腐蝕の聖女と死にたがりの騎士
第3部 仲間(?)との出会いと敵の影
5. 地上の楽園、地下の墓場
帝都「ヘヴンズ・ゲート」。
そこは人類の夢が結晶化した都市だった。街全体が白亜のドームに覆われ、空調は常に春の陽気に保たれている。
行き交う人々は皆、若く、美しい。老婆も老人もいない。最新の医療魔術と、聖女アリシアの加護によって、この街の住人は「老い」と「病」を克服しつつあったからだ。
「……気持ち悪いわね」
エルザは白磁の仮面の下で吐き捨てた。
彼女たちは今、検問を突破し(ガラハドが「私は死体です」と言い張って強行突破した)、追われている為、帝都の最下層エリアに潜伏していた。
「そうですか? 皆さん幸せそうですよ。もっとも、私にとっては『死ねない』なんて地獄以外の何物でもありませんが」
ガラハドが露店で買ったリンゴを齧る。そのリンゴすら、防腐処理が完璧すぎて蝋細工の味がした。
二人が目指す大聖堂へ行くには、この煌びやかな地上エリアではなく、廃棄物処理場となっている「地下水道(アンダーグラウンド)」を経由する必要があった。
マンホールの蓋を開け、梯子を降りる。
とぷん、と足が汚水に浸かった瞬間、エルザは奇妙な感覚に襲われた。
(臭い。……でも、落ち着く)
地上の人工的な花の香りよりも、この腐った汚泥とカビの臭いの方が、肺に馴染むのだ。
「誰だ! 地上のもんが何しに来た!」
暗闇から、石礫(いしつぶて)が飛んできた。
ガラハドが顔面でそれを受け止める。「グッ、いいコースだ。鼻骨にヒビが入った」と嬉しそうに鼻血を流す彼を無視し、エルザは目を凝らす。
そこにいたのは、子供たちだった。
だが、ただの子供ではない。ある子の腕は丸太のように膨れ上がり、ある子の顔半分はボコボコとした腫瘍に覆われている。
地上の「過剰な再生治療」の副作用で、細胞が増殖しすぎた「崩れかけ(エラー個体)」たち。それが彼らの正体だった。
「ひっ……!」
エルザが息を呑む。彼らの姿が、仮面の下の自分の素顔と重なったからだ。
「待て! その人の匂い……『腐ってる』ぞ!」
リーダー格の少年が叫んだ。敵意が、好奇心に変わる。
子供たちがわらわらと集まってきた。
「本当だ、すげえ腐敗臭!」
「土の匂いがする!」
「お姉ちゃん、聖女様なの!?」
「寄るな! 触ると死ぬわよ!」
エルザは悲鳴を上げ、後ずさる。
だが、背後には壁。逃げ場がない。
腫瘍だらけの少女が、エルザのローブの裾を掴んだ。
「お姉ちゃん、お願い。ここ、痛いの」
少女は、自分の肩から生えた、頭ほどもある肉腫を指差した。ズキズキと脈打ち、少女の小さな体を圧迫している。
「……私に近づいちゃダメ! 離して!」
エルザが少女から逃げるように反射的に手を払う。
その指先が、肉腫に触れた。
ジュワッ。
肉が崩れる音がした。
少女が目を見開く。
巨大な肉腫が、エルザの猛毒によって瞬時に壊死し、砂のようにボロボロと崩れ落ちたのだ。
残ったのは、健康な肩と、軽くなった体。
「……え?」
少女が肩を回す。痛くない。重くない。
「すごい……! 治った! 痛いの飛んでった!」
静まり返る地下水道。次の瞬間、爆発的な歓声が上がった。
「すげえ! 腐らせて切り取ったんだ!」
「俺も! 俺の余分な足も腐らせてくれ!」
「私のも!」
子供たちがエルザに群がる。ゾンビ映画のような光景だが、彼らの目はキラキラと輝いていた。
地上の「光」では、彼らの「過剰な生」は治せない。エルザの「死」だけが、彼らを剪定(せんてい)できるのだ。
「ちょっと、押さないで! 順番に並びなさいよ! ……じゃなくて、触るなってば!」
エルザは半泣きになりながら、次々と差し出される腫瘍や奇形部位を「腐敗」させていった。
意図した治療ではない。ただ触れられるのが怖くて、触れられた部分を消滅させているだけだ。
だが、結果としてそこには「感謝」が生まれていた。
「大人気ですね、聖女様」
ガラハドが壁にもたれ、微笑ましそうに見ている。
「貴女は地上では死神ですが、ここでは名医だ。毒と薬は紙一重と言いますが、貴女の場合は『毒をもって毒を制す』が極まっている」
「うるさい! 手伝いなさいよ!」
「お断りします。子供たちの笑顔と、貴女の困り顔。どちらも絶景ですので」
治療?が一通り終わった頃、地下の長老が現れた。
彼はエルザの足元にひざまずき、古びた地図を差し出した。
「聖女様。大聖堂へ向かわれるのかね。」
「どうしてそれを?」
エルザは訝るように聞き返した。
長老はエルザの白磁の仮面を優しく見上げ言った。
「そこのガラハド様が。」
「ガラハドッ!!」
ガラハドがぴゅーぴゅーと下手な口笛を鳴らしてソッポ向いている。
「ご安心ください。子供達をお救いくださった聖女様にお返しがしたいだけ。」
長老は差し出した地図に目をやる。
「大聖堂への抜け道をお教えしましょう。……ただし、気をつけてくだされ」
長老の目が、濁った光を帯びる。
「光が強くなればなるほど、影は濃くなる。貴女が地上に行けば、世界のバランスが崩れるかもしれん」
「バランスなんて知ったことじゃないわ」
エルザは地図をひったくる。
「私は普通の女の子になりたいだけ。こんな、カビ臭い場所で崇められるなんて真っ平よ」
そう言い捨てて歩き出すエルザの背中を、子供たちはいつまでも手を振って見送っていた。
エルザは一度も振り返らなかった。振り返れば、その「居心地の良さ」に負けてしまいそうだったから。
(第4部へ続く)




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