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【小説】エルザ 「腐蝕の聖女と死にたがりの騎士」4/8

  • 2 日前
  • 読了時間: 5分

腐蝕の聖女と死にたがりの騎士

第4部 中盤の試練と残酷な真実

6. 光の聖女、闇のゴミ箱

 地下水道を抜け、エルザとガラハドはついに大聖堂の最深部「祈りの間」へと侵入した。

 そこは、圧倒的な「白」の世界だった。

 壁も床も天井も、すべてが発光する白い大理石。塵ひとつ、シミひとつない潔癖の空間。

「……息が詰まりそう」

 エルザが呟く。

 その空間の中央に、彼女はいた。

 

 清廉の聖女、アリシア。

 金色の髪、透き通るような肌、慈愛に満ちた横顔。

 エルザと同じ顔立ちだが、決定的に違うのは、彼女が「完璧」であることだ。どこも腐っていない。どこも欠けていない。

「ようこそ、私の可愛い妹さん」

 アリシアが振り返る。その声には、敵意どころか、愛おしさすら滲んでいた。

「待っていたわ。ずっと会いたかった」

「……妹? ふざけないで」

 エルザは震える手で仮面を押さえた。目の前の「完璧」を見ているだけで、自分の皮膚が粟立つのが分かる。

「私は病気を治しに来ただけよ。古代遺物『無垢なる揺り籠』を寄越しなさい」

 パチパチパチ。

 乾いた拍手が響く。祭壇の裏から、白衣を着た男が現れた。闇医者ヴィクターだ。

「やあ、到着おめでとう。まさか本当にここまで来るとはね。感動したよ」

「ヴィクター! 約束通り、私の体を治して!」

「ああ、もちろん治すとも。……というより、『メンテナンス』の時間だね」

 ヴィクターが嗜虐的な笑みを浮かべ、指を鳴らした。

 ズキン!

 エルザの全身に激痛が走った。

「がっ……!?」

 内側から肉が弾けるような感覚。ローブの下で、皮膚が裂け、膿が溢れ出す。

「エルザ、君はずっと不思議に思っていなかったかい? なぜ君は生まれた時から腐り続けているのか。なぜ薬を飲んでも治らないのか」

 ヴィクターが解説を始める。

「この国が誇る『不老不死技術』。その根幹は『転嫁』だ。老化、病気、怪我といった負のデータを、別の個体に押し付けることで、オリジナルの肉体を永遠に若く保つ」

 エルザの思考が凍りつく。

 まさか。

「そう。アリシアは、国民のあらゆる『負』を引き受けて浄化する聖女だ。……だが、彼女自身の体だって限界がある。だから、彼女の汚れを肩代わりする『ゴミ箱』が必要だった」

 ヴィクターがエルザを指差す。

「それが君だ、エルザ。君は人間じゃない。アリシアから切り離された『汚物』を培養して作った、生きた排水処理場なんだよ」

「嘘……嘘よッ!」

 エルザが叫ぶ。

「私は人間よ! 心があるわ! 痛みだってある!」

「あるだろうね。だって君は、アリシアが感じるべき痛みを全部引き受けているんだから」

 アリシアが悲しげに微笑み、優雅に手をかざした。

「ごめんなさいね、エルザ。今朝、少し小指を怪我してしまったの。……『転送』するわね」

 アリシアの小指の切り傷が、光と共に消える。

 直後。

 バチュッ!

 エルザの小指が、根元から弾け飛んだ。

「あ、ぐあああああっ!?」

 エルザが手首を押さえてのたうち回る。

「痛い、痛いッ!」

「見たかい? これが『共鳴』だ。君が傷ついてもアリシアは無傷だが、アリシアの傷は全て君に飛ぶ。君は彼女の影。影は本体には逆らえない」


7. 仮面の下の真実

「ふざけるな……ふざけるなあああッ!」

 絶望が怒りに変わる。

 エルザは理性を捨て、全魔力を解放した。

「私がゴミなら……その綺麗な顔も腐らせてやるッ! 『聖なる崩壊(サンクタス・ディケイ)』ッ!」

 黒い腐敗の奔流が、アリシアへ向かって放たれる。

 どんな盾も鎧も無意味にする、絶対の死。

 しかし。

 その黒い風は、アリシアに触れる直前で、見えない壁に吸い込まれるように消滅した。

 そして――

 ドサッ。

 エルザ自身の体が、腐り落ちた。

「かはっ……!?」

 右足が炭化し、崩れ落ちる。脇腹の肉が削げ落ち、肋骨が露出する。

 自分の放った呪いが、倍になって自分に返ってきたのだ。

「無駄だよ。君の能力のオリジンは彼女なんだ。川の水が水源に逆流できないように、君の力は彼女には届かない」

 ヴィクターが高笑いする。

 ガラハドが剣を抜き、前に出た。

「……少々趣味が悪いですね。彼女をいじめていいのは、私だけなんですが」

 ガラハドがヴィクターへ斬りかかる。

 だが、アリシアが視線を向けただけで、ガラハドの鎧と肉体が強烈な重力波に叩きつけられ、床にめり込んだ。

「ぐ……っ! これは、重い……!」

 不死身の騎士も、物理的な質量差には抗えない。

 這いつくばるエルザの前に、アリシアが歩み寄る。

 コツ、コツ、とヒールの音が響く。

「可哀想なエルザ。貴女はずっと『普通の女の子』になりたかったのよね?」

 アリシアがしゃがみ込み、エルザの仮面に手をかける。

「やめて……見ないで……!」

「いいえ、見せてあげましょう。貴女の真実の姿を。世界中に」

 パリーン!

 白磁の仮面が、無慈悲に砕かれた。

 聖堂内の巨大モニターに、そして国中に中継されている放送波に、その顔が大写しになる。

 それは、人間の顔ではなかった。

 右半分はドス黒く壊死し、眼球はなく、空洞の中に蛆(うじ)のような魔力が蠢いている。左半分は辛うじて皮膚があるが、継ぎ接ぎだらけで引きつっている。

 

 美しさの欠片もない。

 ただの、腐乱死体。

『キャアアアアッ!』

『化け物だ! あんなのが聖女なものか!』

『殺せ! 汚らわしい!』

 モニターの向こうから、民衆の罵倒が聞こえるようだった。

 エルザは顔を覆うこともできず、ただ震えていた。

 終わった。

 普通の女の子になりたいという夢も。

 いつか誰かに愛されたいという願いも。

 全て、この瞬間に腐り落ちた。

「さようなら、私の汚い影」

 アリシアが床のスイッチを踏む。

 ガコン、とエルザの足元の床が開いた。

 その下は、果てしない闇。

 帝都中の廃棄物が捨てられる、地獄の底「タルタロス」。

「あ……」

 エルザの体が宙に浮く。

 誰も手を差し伸べてはくれない。

 彼女はゴミとして、ゴミ箱へ捨てられるのだ。

「お供しますよ、聖女様!」

 床にめり込んでいたガラハドが、骨の折れる音を無視して跳躍した。

 彼は自ら、落下するエルザを追って穴へと飛び込んだ。

「ひゃっほおおお! この高さなら確実に死ねる!」

 そんな騎士の狂った歓喜の叫びと共に、二人は暗黒の底へと消えていった。

 聖堂には、再び静寂と清潔な白さが戻った。

 アリシアは満足げに微笑み、ハンカチで手を拭った。

「ああ、汚い。……ヴィクター、次の『ゴミ箱』を用意してちょうだい」

(第5部へ続く)


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