【小説】エルザ 「腐蝕の聖女と死にたがりの騎士」4/8
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腐蝕の聖女と死にたがりの騎士
第4部 中盤の試練と残酷な真実
6. 光の聖女、闇のゴミ箱
地下水道を抜け、エルザとガラハドはついに大聖堂の最深部「祈りの間」へと侵入した。
そこは、圧倒的な「白」の世界だった。
壁も床も天井も、すべてが発光する白い大理石。塵ひとつ、シミひとつない潔癖の空間。
「……息が詰まりそう」
エルザが呟く。
その空間の中央に、彼女はいた。
清廉の聖女、アリシア。
金色の髪、透き通るような肌、慈愛に満ちた横顔。
エルザと同じ顔立ちだが、決定的に違うのは、彼女が「完璧」であることだ。どこも腐っていない。どこも欠けていない。
「ようこそ、私の可愛い妹さん」
アリシアが振り返る。その声には、敵意どころか、愛おしさすら滲んでいた。
「待っていたわ。ずっと会いたかった」
「……妹? ふざけないで」
エルザは震える手で仮面を押さえた。目の前の「完璧」を見ているだけで、自分の皮膚が粟立つのが分かる。
「私は病気を治しに来ただけよ。古代遺物『無垢なる揺り籠』を寄越しなさい」
パチパチパチ。
乾いた拍手が響く。祭壇の裏から、白衣を着た男が現れた。闇医者ヴィクターだ。
「やあ、到着おめでとう。まさか本当にここまで来るとはね。感動したよ」
「ヴィクター! 約束通り、私の体を治して!」
「ああ、もちろん治すとも。……というより、『メンテナンス』の時間だね」
ヴィクターが嗜虐的な笑みを浮かべ、指を鳴らした。
ズキン!
エルザの全身に激痛が走った。
「がっ……!?」
内側から肉が弾けるような感覚。ローブの下で、皮膚が裂け、膿が溢れ出す。
「エルザ、君はずっと不思議に思っていなかったかい? なぜ君は生まれた時から腐り続けているのか。なぜ薬を飲んでも治らないのか」
ヴィクターが解説を始める。
「この国が誇る『不老不死技術』。その根幹は『転嫁』だ。老化、病気、怪我といった負のデータを、別の個体に押し付けることで、オリジナルの肉体を永遠に若く保つ」
エルザの思考が凍りつく。
まさか。
「そう。アリシアは、国民のあらゆる『負』を引き受けて浄化する聖女だ。……だが、彼女自身の体だって限界がある。だから、彼女の汚れを肩代わりする『ゴミ箱』が必要だった」
ヴィクターがエルザを指差す。
「それが君だ、エルザ。君は人間じゃない。アリシアから切り離された『汚物』を培養して作った、生きた排水処理場なんだよ」
「嘘……嘘よッ!」
エルザが叫ぶ。
「私は人間よ! 心があるわ! 痛みだってある!」
「あるだろうね。だって君は、アリシアが感じるべき痛みを全部引き受けているんだから」
アリシアが悲しげに微笑み、優雅に手をかざした。
「ごめんなさいね、エルザ。今朝、少し小指を怪我してしまったの。……『転送』するわね」
アリシアの小指の切り傷が、光と共に消える。
直後。
バチュッ!
エルザの小指が、根元から弾け飛んだ。
「あ、ぐあああああっ!?」
エルザが手首を押さえてのたうち回る。
「痛い、痛いッ!」
「見たかい? これが『共鳴』だ。君が傷ついてもアリシアは無傷だが、アリシアの傷は全て君に飛ぶ。君は彼女の影。影は本体には逆らえない」
7. 仮面の下の真実
「ふざけるな……ふざけるなあああッ!」
絶望が怒りに変わる。
エルザは理性を捨て、全魔力を解放した。
「私がゴミなら……その綺麗な顔も腐らせてやるッ! 『聖なる崩壊(サンクタス・ディケイ)』ッ!」
黒い腐敗の奔流が、アリシアへ向かって放たれる。
どんな盾も鎧も無意味にする、絶対の死。
しかし。
その黒い風は、アリシアに触れる直前で、見えない壁に吸い込まれるように消滅した。
そして――
ドサッ。
エルザ自身の体が、腐り落ちた。
「かはっ……!?」
右足が炭化し、崩れ落ちる。脇腹の肉が削げ落ち、肋骨が露出する。
自分の放った呪いが、倍になって自分に返ってきたのだ。
「無駄だよ。君の能力のオリジンは彼女なんだ。川の水が水源に逆流できないように、君の力は彼女には届かない」
ヴィクターが高笑いする。
ガラハドが剣を抜き、前に出た。
「……少々趣味が悪いですね。彼女をいじめていいのは、私だけなんですが」
ガラハドがヴィクターへ斬りかかる。
だが、アリシアが視線を向けただけで、ガラハドの鎧と肉体が強烈な重力波に叩きつけられ、床にめり込んだ。
「ぐ……っ! これは、重い……!」
不死身の騎士も、物理的な質量差には抗えない。
這いつくばるエルザの前に、アリシアが歩み寄る。
コツ、コツ、とヒールの音が響く。
「可哀想なエルザ。貴女はずっと『普通の女の子』になりたかったのよね?」
アリシアがしゃがみ込み、エルザの仮面に手をかける。
「やめて……見ないで……!」
「いいえ、見せてあげましょう。貴女の真実の姿を。世界中に」
パリーン!
白磁の仮面が、無慈悲に砕かれた。
聖堂内の巨大モニターに、そして国中に中継されている放送波に、その顔が大写しになる。
それは、人間の顔ではなかった。
右半分はドス黒く壊死し、眼球はなく、空洞の中に蛆(うじ)のような魔力が蠢いている。左半分は辛うじて皮膚があるが、継ぎ接ぎだらけで引きつっている。
美しさの欠片もない。
ただの、腐乱死体。
『キャアアアアッ!』
『化け物だ! あんなのが聖女なものか!』
『殺せ! 汚らわしい!』
モニターの向こうから、民衆の罵倒が聞こえるようだった。
エルザは顔を覆うこともできず、ただ震えていた。
終わった。
普通の女の子になりたいという夢も。
いつか誰かに愛されたいという願いも。
全て、この瞬間に腐り落ちた。
「さようなら、私の汚い影」
アリシアが床のスイッチを踏む。
ガコン、とエルザの足元の床が開いた。
その下は、果てしない闇。
帝都中の廃棄物が捨てられる、地獄の底「タルタロス」。
「あ……」
エルザの体が宙に浮く。
誰も手を差し伸べてはくれない。
彼女はゴミとして、ゴミ箱へ捨てられるのだ。
「お供しますよ、聖女様!」
床にめり込んでいたガラハドが、骨の折れる音を無視して跳躍した。
彼は自ら、落下するエルザを追って穴へと飛び込んだ。
「ひゃっほおおお! この高さなら確実に死ねる!」
そんな騎士の狂った歓喜の叫びと共に、二人は暗黒の底へと消えていった。
聖堂には、再び静寂と清潔な白さが戻った。
アリシアは満足げに微笑み、ハンカチで手を拭った。
「ああ、汚い。……ヴィクター、次の『ゴミ箱』を用意してちょうだい」
(第5部へ続く)




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