【小説】エルザ 「腐蝕の聖女と死にたがりの騎士」6/8
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第6部 再起と新たな力の覚醒
9. 腐敗の女王、爆誕
どれくらい時間が経っただろうか。
抱擁を解いた時、エルザの中の何かが変わっていた。
「恥」が消えていた。
自分がゴミであることへの劣等感も、消えていた。
「……ガラハド」
「はい」
「私、決めたわ」
エルザが立ち上がる。
足元のヘドロが、彼女の意思に呼応してざわめき始めた。
「私はゴミ箱。アリシアの汚れを引き受けるための器。……それが私の運命なら、徹底的にやってやるわ」
エルザは両手を広げ、タルタロスの闇に向かって深呼吸をした。
「来なさい。この国が捨てた、全ての『ゴミ』たちよ」
ゴゴゴゴゴゴ……!
地下空間全体が震えた。
数百年分の廃棄物が、汚染された魔力が、黒い渦となってエルザの体に吸い込まれていく。
常人なら一滴で即死する猛毒の奔流。
だが、エルザの体はそれを拒絶しない。むしろ、乾いたスポンジが水を吸うように、貪欲に飲み干していく。
(もっと。もっと汚いものを。もっと痛いものを!)
ヴィクターは言った。「君はゴミ処理場だ」と。
処理場には、限界許容量(キャパシティ)などない。この世界のすべての毒を飲み込んでも、まだ足りない。
バキッ、バキバキッ!
エルザの体が変貌する。
純白だったローブは、汚泥を吸って漆黒に染まった。
背中から、黒いヘドロが結晶化し、六枚の鋭利な「茨の翼」となって展開する。
砕けた仮面はもういらない。
ただれ、崩れていた顔の皮膚が、黒い光沢を帯びた「外殻」へと再構成されていく。それは美しく研磨された黒曜石のような、あるいは昆虫の甲殻のような、異形の美しさだった。
「ふふ……あはははは!」
エルザが高笑いする。
力が満ちていく。腐敗とは、ただの破壊ではない。
古いものを土に還し、新しい命の苗床にするための神聖な儀式。
彼女は今、この国で最も「死」に近く、ゆえに最も「生命」を理解した存在へと進化した。
「お待たせ、ガラハド」
新生したエルザが振り返る。
その瞳は、深紅に輝いていた。
「行くわよ。地上へ。……大掃除の時間よ」
彼女が指をパチンと鳴らすと、周囲の瓦礫が腐って土になり、それが隆起して巨大な階段を作り出した。
「仰せのままに、マイ・クイーン」
ガラハドが、溶けかけた剣を拾い上げ、恭しく一礼する。
「そのお姿、ゾクゾクするほど禍々しい。……以前の清楚なフリをしていた頃より、一億倍ほど魅力的ですよ」
「あらそう。じゃあご褒美に、あとでたっぷり『治療(キス)』してあげる」
「楽しみにしています。今度は舌が溶けるまで」
二人は駆け出した。
絶望の底から、傲慢なる光の地上へ。
世界を腐らせ、そして救うために。
10. 永遠という名の地獄
その頃、地上はパニックに陥っていた。
大聖堂を中心に、異変が起きていたのだ。
アリシアが「全人類の不老不死化」を宣言し、強制的な祝福の光(オーバーヒール)を国中に照射したからだ。
「体が……熱い!」
「助けてくれ! 腕が増えていく!」
「死ねない! 苦しいのに死ねない!」
街の人々の肉体が暴走していた。
老人が若返るどころか、細胞分裂が止まらずに肉塊へと変わっていく。
怪我をした子供の傷口から、新しい手足が生えてくる。
それは「死」を許されない、無限の増殖地獄だった。
大聖堂のバルコニーで、アリシアは恍惚の表情で街を見下ろしていた。
「素晴らしいわ。みんなが私と同じ、永遠の存在になるの。もう誰も失わなくていい。悲しみなんてない世界よ」
その横で、ヴィクターが狂ったようにデータを取っていた。
「すごい! 人類の細胞が次なるステージへ進化している! これこそが僕の求めた究極の生命だ!」
アリシアには、人々の悲鳴が聞こえていない。
彼女にとって「生」は絶対的な善であり、「死」は絶対的な悪だからだ。苦しんでいようが、肉塊になろうが、生きてさえいれば幸福なのだと、それが彼女にとって至上の価値なのだ。
その時。
ズドォォォォォン!!
大聖堂前広場の地面が爆発し、黒い噴煙が上がった。
「な、なんだ!?」
ヴィクターが叫ぶ。
噴煙の中から、悠然と歩み出る二つの影。
漆黒のドレスに茨の翼を広げた魔女と、ボロボロの鎧を引きずった死神のような騎士。
エルザは、肉塊となって苦しむ市民の一人に近づいた。
「……苦しいでしょうね。終わらない夏休みなんて、地獄だもの」
彼女が優しく、その肉塊に触れる。
サラサラ……
一瞬で、過剰に増殖した肉が枯れ落ちた。
中から、元の姿に戻った市民が現れる。彼は荒い息を吐きながら、自分の手を見つめた。
「……止まった……。体が、軽くなった……」
エルザはニヤリと笑い、バルコニーのアリシアを見上げ、高らかに宣言した。
「聴こえるかしら、お姉様! そしてヤブ医者!」
彼女の声は、魔力に乗って帝都中に響き渡った。
「貴女たちの『永遠』は、私が全部腐らせてあげる! 死ぬことの安らぎを思い出させてあげるわ!」
腐敗の聖女の反撃が、今始まる。
(第7部へ続く)




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