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【小説】エルザ 「腐蝕の聖女と死にたがりの騎士」8/8

  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

第8部 戦いの終わりとそれぞれの未来

13. 雨と、残された手袋

 気がつくと、ガラハドは瓦礫の上に大の字で倒れていた。

 空からは、静かな雨が降っていた。

 その雨は黒くも白くもなく、透明で、優しい匂いがした。

 街の方々から、安堵の声が聞こえる。

 肉塊となっていた人々は元の姿に戻り、不老不死の呪縛から解き放たれていた。

 ある老人は、急速に老いさらばえ、しかし満足そうに息を引き取った。

 「死ねる」ということが、これほど幸せなことだと、誰もが噛み締めていた。

「……ッ、ぐぅ……!」

 ガラハドは起き上がろうとして、激痛に顔をしかめた。

 脇腹から血が出ている。止まらない。

 折れた骨が痛む。視界が霞む。

「痛い……。ああ、痛いな……」

 彼は、震える手で自分の傷口を押さえた。

 傷が塞がらない。

 不死の呪いが、消えている。

 エルザが、あの光と共に、世界中の「呪い」を全て連れて行ってしまったのだ。

「……酷い人だ」

 ガラハドは苦笑し、そして足元に落ちているものを見つけた。

 それは、片方だけのシルクの手袋だった。

 ボロボロに破れ、泥と、微かな香水の匂いが染み付いている。

 ガラハドはそれを拾い上げ、泥だらけの顔に押し当てた。

 もう、触れても腐らない。

 もう、あの焼けつくような熱はない。

 ただ、雨の冷たさだけがある。

「死なせてくれる約束だったでしょう……」

 ガラハドの目から、涙が溢れ出した。それは雨に混じり、頬の泥を洗い流していく。

「こんな……私一人を生かして逝くなんて。……貴女こそ、最高の詐欺師だ」

 雨は降り続いた。

 かつて死を願い続けた騎士は、今、冷たい雨の感触と、傷の痛みを愛おしむように、いつまでも手袋を抱きしめて泣いた。

エピローグ:いつか土に還る日まで

 それから、数年の月日が流れた。

 国境沿いの小さな村に、一人の隻眼の町医者がいた。

 彼は医学の知識などなかったが、戦場で培った応急処置の腕と、不思議と落ち着く声で、村人たちから慕われていた。

「先生、ありがとう! 膝の痛みが引いたわ」

「無理はいけませんよ、お婆さん。……人間、体には寿命があるんですから」

 男――ガラハドは、白衣(かつての聖女のローブを仕立て直したものだ)を羽織り、診療所の裏手にある小さな丘へと向かう。

 そこには、墓石のない小さなお墓があった。

 ガラハドは、左足を引きずって歩く。古傷が痛むのだ。鏡を見れば、目尻には皺が増え、白髪も混じり始めた。

 老いていく。弱っていく。

 それが、どうしようもなく嬉しい。

「おはようございます、エルザ」

 ガラハドは土の前にしゃがみ込み、ジョウロで水を撒いた。

 そこには、一輪の花が咲いている。

 かつて彼女が「髪飾りにしたい」と言った、あの黄色い野花だ。

 不思議なことに、この花だけは枯れることもなく、しかし造花のように固まることもなく、毎年、美しい花を咲かせては種を落とし、命を繋いでいる。

「今日の膝の痛みはレベル3です。昨日の深酒が響いていますかね」

 彼は花に話しかける。

 返事はない。だが、風が吹くと、花がくすぐったそうに揺れる。

「……私は、生きますよ」

 ガラハドは、懐からボロボロの手袋を取り出し、愛おしそうに撫でた。

「貴女が命懸けで守ってくれた、この『限りある命』を。最後の一滴まで使い果たして、シワシワのお爺ちゃんになって……」

 彼は空を見上げた。青く、澄み渡った空。

 かつては死に場所を探していたその目は今、明日という日を真っ直ぐに見据えていた。

「そしていつか、土に還った時……今度こそ、貴女に褒めてもらいに行きます。それまで、待っていてくださいね」

 風が吹き抜け、黄色い花弁が一枚、空へと舞い上がった。

 それはまるで、意地っ張りで寂しがり屋な聖女が、照れ隠しに笑ったように見えた。

(了)


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